ブルー・ゴールド
『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』をDVDで観る。
映画は、『「水」戦争の世紀』(但し原著の75%の翻訳)に依拠している。さまざまな人が出演して(女性が多いのが印象的)、現在の水をめぐる競争と自然環境への破壊的影響について話す映像がひたすら流れるので、少し観ていて疲れるかもしれない。
映画『コーポレーション』でも鮮烈な映像が映し出されていたボリビアの事例などを織り交ぜながら、コーラよりも高いボトル水の値段の問題や、清潔な水が民営化のために手に入らず、汚水を利用せざるを得ない貧困層の問題など、重要な問題提起がある。
石油と違い、淡水は確かに、資源枯渇=砂漠化を招来してしまう問題がある。
但し、海面が暖められて水蒸気となり、雲が生まれ、山に雨が降り、河川を経て、また水蒸気になりというサイクルが、過剰な水の採取によっておかしくなりつつあるという議論には、若干、疑問も浮かんだ。
水の循環がおかしくなるから問題であるというよりも、地下水の過剰採取それ自体が問題なのではないだろうか。
Anpo
6.15 安田講堂シンポ国民的な運動と芸術の問題というテーマで、しかも安田講堂での開催とあって、これはぜひ行きたいと思ったが、残念ながら火曜日は夜まで講義があるので、行けない。。。
先日、高橋和己の『明日への葬列』で、この安保闘争で国会に突入し、犠牲になった樺美智子のことを読んだところだった。
彼女の死は衝突の際の不幸な事件というよりも、政治闘争においてよくあるように、予め標的にされて虐殺に至ったということが真実に思われるが、この痛ましい事件をはじめ、あの時代を生きた若者の苦悩と現実とが、その強烈な絶望感とともに伝わってくる。
基地問題でゆれる沖縄の問題も現在進行形であり、日々の仕事に埋もれつつも、しっかり考えていかねばなるまい。
動物実験
資生堂のほかに伊藤園が動物実験の全廃を公言した。さまざまな事情も絡んだことだろうが、よい傾向ではある。
ただ動物実験については、人間と動物は受苦的存在として、同じであるから、行なうべきではないというシンガー的な批判と、もう一方で、このビデオにあるように、人間と動物は生物学的に異なるのだから、動物実験には意味がないとして批判するタイプがある。
動物実験反対の論理としては、どちらも使えると思うが、動物実験は生物学的に有効でないという批判の方が、肉食と両立する点でも、一般の理解は得やすいだろう。
生物学的な立場に立っても、動物実験に反対ではないという意見もありえるだろうが、シンガー流の功利主義的な立場との関係は厄介なところだ。
いただきます雑感
食事をとる前に、両手を合わせて「いただきます」と言うのは、元来は、神仏と共に食事をとることを意味していたとどこかで読んだ覚えがある。
昨今は、食べ物への感謝という意味合いで、あるいは、食べ物をいただけることに感謝して、「いただきます」と言う解釈が多いように見受けられる。
非常にありふれた図式で言うなら、世俗化した社会では、神仏もあったものではなく、ただ眼前の食物に、せめて、感謝をささげようということなのかもしれない。
ただこの態度には、どうも違和感を覚えてしまう。
単にありふれた食材、慣れ親しんだ食材だからといった理由で、畜産工場のひどい実態や動物が受ける苦痛に対して鈍感な態度のままで肉食を続けてよいのだろうかと学生に問う中で、一番多いのは、そんなことを言っても仕方が無い、命をいただくのだから、ただ感謝すればいいのだという答えだ。
ヴェジタリアンに対する日本人の反応で最も多いのが、このタイプだろう。
植物と言えど、生きているものであって、動物とさして違わない。あるいは、生きているものを食べて生きていく宿業を負わされているのが人間であって、云々。
ここには、どうもまやかしというか、思考停止があるように思われる。
一般に思われているほど、人間と動物の違いは自明のものではないし、そうであるならば、肉食には、もう少し考えを進めてもいいものだ。
尤も、こう言いつつも、魚を食べている自分がいるし、牛や豚、鳥でさえ、ヴィーガンと異なって、つい食べてしまう。
これが人間の業の深さか。いや、単に知行合一の難しさというところだろうか。
肉食の問題は、いまだ喉につかえて取れない棘のように、すっきりしない。。。
自然酒
寺田本家の2種の日本酒を飲み比べるというか、飲んでみた。
ひとつは、「玄米酒むすひ」。
米の栽培方法/無農薬米
麹米/コシヒカリ
掛米/コシヒカリ
精米歩合/麹米 玄米・掛米玄米
酵母/自家培養
アルコール度数/7〜11%
日本酒度/-10〜-20
酸度/7〜13
アミノ酸度/1〜6
開けるときは、本当にゆっくりしないと、炭酸ガスのせいで、吹き零れてしまう。アルコール度数は低いので、お酒というよりも、ジュース感覚。
酒蔵では最も忌避すべき火落ち菌さえ入っているお酒。善玉菌/悪玉菌という二分法の問題点を明らかにするような「自然な醸造」がこの酒蔵の狙いだが、多くの酒蔵では蔵内を殺菌しすぎてしまい、「自然な醸造」がそもそも不可能になっているというのは、なんとも難しい問題である。
ふたつめは、「醍醐のしずく」
米の栽培方法/無農薬米(コシヒカリ等)
精米歩合/90〜93%
アルコール度数/6.0〜15.0%
日本酒度/−40〜−70
酸度/6〜12
アミノ酸度/2〜6
※仕込みごとに数値が異なるため、おおまかな範囲を記して
あります。
精米歩合からして、ほとんど玄米のこのお酒。異様に甘く感じる。美味しい玄米はまさに甘いものだが、そんな感じだ。これは菩提酛という方法で醸造されているらしい。
現在の菩提山正暦寺(ぼだいせんしょうりゃくじ)に端を発し、鎌倉時代からの戦国の世にかけて編み出された、『菩提酛(ぼだいもと)』仕込みといわれる空中の天然乳酸と野生酵母(酒蔵では蔵付き酵母)を採り込んだ『そやし』という水をもとにして仕込みました。
まさに『生もと』の原型、酒造りの原点と言えるお酒造りに挑戦いたしました。そのままを味わっていただくため、割り水、ろ過は一切行わず、一仕込みごとに瓶詰めしています。仕込み時期によって味の異なる甘酸っぱいお酒です。
昔ながらの作り方をしたお酒が美味しいかどうかは、美味しさの規準によるけれども、最近の生酛作りの「流行」からすると、おいしいお酒に入るだろう。
乳酸菌や酵母の大量投入によって醸造時間を短縮し、大量に作ったお酒は、どこか人体に負担がかかることが多い。ましてやその乳酸が、場合によっては石油などから作られているとしたら論外である。
一辺倒な自然礼賛には問題はあるけれども、未だ、スローなあり方が省みられない現代の都市生活においては、大いに有効なアプローチだといえる。
映画
『ミツバチの羽音と地球の回転』が完成したようだ。
ポレポレ東中野では、今ちょうど『しかし それだけではない。加藤周一 幽霊と語る』がやっている。
最近、講義で映像を取り入れるようになって、以前よりも、より多く映画を見るようになったが、なぜか、締め切りの時期と重なることが多いのが困りものだ。。。