暴動

チベットでの「暴動」が起きて1週間近くが経とうとしている。この間のニュースをそれほどチェックできたわけではないが、「暴動」という形容に違和感を覚える。

ラサでの「暴動」以降、各地で起きているのは暴動と形容するにふさわしい事態なのかもしれないが、抵抗運動が抑圧側から「テロ」「暴動」と指弾され、さらなる弾圧が行使されるという構図はパレスチナにおいて日々見て取ることができるし、チベットが中国から蒙ってきた歴史を考えるならば、この「暴動」という形容にはやはり違和感が残る。

むろん抵抗運動であれ、暴力による「解決」を手放しで擁護するつもりはないし、騒ぎに便乗した動きがあることも確かだろう。情報が錯綜しているから、実態がよく分からないのも事実だ(またチベットという括り方にも問題はあるだろう)。

暴動という表現には、思想的な響きがなくて、ただ物理的なものしか感じられない。。。