脚気

鈴木猛夫『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』(藤原書店、2003年)をぱらぱらと。

日本軍が戦地で脚気にやられて散々だったという話は聞いていたが、改めてその数を聞くと驚く。

日清戦争での364人の戦死者に対して、脚気病死者4,064人。
日露戦争では、85,600人の戦死者に対して、脚気患者250,000人で、死者27,800人。

海軍では脚気の原因を食にあると考えて、麦やパンの導入によって脚気を激減させたが、陸軍では相変わらず白米を食べさせていたため患者は増加の一途を辿った。

当時の東京帝大の医学部はドイツの細菌学の影響下にあって、脚気をビタミンの不足ではなく、脚気菌によるものと考えていた。陸軍は帝大医学部と密接な関係にあり、脚気病調査会も細菌説をとっていたため、陸軍での米の支給のあり方は変わらなかった。

調査会の中心メンバーだった森鴎外もこの点では細菌学の視点からし脚気を見ることができず、結果的に数多くの脚気病死者を出した。

戦前には脚気論争とそれに続く主食論争において、日本人の主食をめぐる激論が交わされたが、戦後の疲弊した物不足の中で、流通に便利な白米が主流を占め、また欧米の栄養学が入ってきて、副食を充実させるべきだという主張が大勢を占めて現在に至っている。

途中、1950年代からのアメリカの小麦戦略とも相俟って、日本人の食生活は急激に変化したことに伴って、様々な病気が蔓延する。

過度な栄養摂取が身体を蝕んだ次第は、原因は異なるものの琵琶湖の富栄養化を髣髴とさせる。

一方で著者が言う伝統的な日本食というものも、それ自体は決して褒められたものではなく、単なる賛美に終わってはならない。

ただ欧米人!?の食生活をモデルにした栄養学ではなく、日本人のこれまでの食生活を歴史的にしっかりと見直した上で、それに即した食のありようを考えるべきだという著者の主張には同感する。

綺麗なものを追求したくなるのが人間心理だが、それによって失われているもの(例えば玄米から白米に精米することで失われるビタミン)があることをしっかりと見据えておく必要がある。