相変わらず

古紙の再利用が如何にコストがかかって無駄なのかということは共通了解ではなかったわけだが、今回の紙の偽装問題で、その辺りが明確になったと思う。けれども、新聞では一連の偽装問題へと収斂させて、その辺りがさっぱり明確にされていない。

そもそも古紙を大量のトラックを動員してガソリンを用い回収して、富士市辺りで薬品を用いて河川を汚染して白色化してという手間を考えると、紙の原料としてはとんでもなく高いものになってしまう。

そして製品としても新品パルプに比べて明らかに劣るわけだし、値段も高い(それだけ手間=エネルギーを使う)わけだから、スーパーの野菜が均一でないと買わない消費者の需要からして、再生紙はとんと商売にならないはずだということは分かりきったことだ。

古紙を使うのであれば、せいぜいがメモ用紙に使うとかくらいで再利用は大いに考え物だ。

ともあれ先日有楽町で観た『君の涙ドナウに流れ』という映画。邦訳がよくない。原題:Szabadság, szerelem(愛、自由) 英語題:Children of Gloryであるけれども、ドナウ川が出てこない。もっと運命とか、抗い難いものとしてドナウ川が描写されていれば邦題もよいかもしれないが。。。

ただ原題の「愛」にはさらに違和感を覚える。そうしたテーマは見えてこない。「自由」ということが強調されている映画だ。

しかしフルシチョフスターリン批判を受けたポーランドハンガリーでの出来事は当時の日本の左翼においても両義的な評価を受けたようだが、改めて東欧の歴史経験には一筋縄ではいかない面があることを感じた。