原発に関わる無策

某所で八田達夫「電力自由化と原子力政策(日本経済新聞 2004年7月掲載)」の記事を知り読んでみた。原発をめぐるこの間の事情が手際よくまとめている。

高速増殖炉が再処理の前提」という節では、「高速増殖炉は、資源小国日本にとって夢のエネルギー源であった。高速増殖炉の実用化を前提にして、日本の原子力政策は設計され、それに従って六ヶ所村の再処理工場は建設された」と言う。

「使用済み燃料の長期貯蔵を嫌がる全国の原発の地元に対して、「使用済み燃料はすべて六ヶ所村の再処理工場に搬出するから、原発の施設に長期貯蔵する心配はない」と説明する一方、青森県に対しては「全国からの使用済み燃料を持ち込むが、あくまで再処理工場の原料としてであり 、最終処分は六ヶ所村以外でやる」と説明することができた。高速増殖炉推進は、日本の原子力発電の立地を支えてきた」。

「ところが期待された技術進歩は起きず、高速増殖炉の実用化のメドは立っていない。」「しかし、電力会社は次の三つの理由から再処理路線を止められない」「稼動しないと、①今まで地元に約束してきたことと矛盾するため、電力会社幹部の責任問題が発生する②青森県六ヶ所村などに対して違約金を払わねばならない(稼働すれば、再処理の費用は一般電気料金に上乗せできるから電力会社の懐は痛まない)③全国の原子力発電所から出る使用済み燃料のもって行き場がなくなり、発電所の貯蔵施設が満杯になってしまう」

かくして再処理工場の建設および運転が断行され、そのために「使用済み燃料を再処理せずにそのまま処分する方が経済的である」にもかかわらず、「プルサーマル発電が行われることになった」。

つまり高速増殖炉という夢の機関の実現が途上にあるにもかかわらず、それを前提にして再処理施設を建設したツケがまわってきたわけで、そうした責任から逃れるために危険でコストのかかる発電を行なおうということになった。原発の電力供給が占める30%ほどのために、恐ろしく環境にダメージを与える無策がまかり通っている。こうした無策の撤回をする状況にこそ「潔い」「英断」(武士道)が求められる。

先日の研究会でコメントしてくださったN先生から論文を頂戴する。当日は消化不良だったので、しっかり勉強しないと。。。