ニース、そしてパリ

3/4(Sat.)
とても豪華な朝食をとってから、旧市街を少し散策してからアヴィニョンを後にする。ニースへ向かう途中、セザンヌが晩年創作活動にいそしんだエクス・アン・プロヴァンスに立ち寄り、サントヴィクトワール山を見る。想像していたよりも、雄大な姿の山だった。セザンヌがよく描いたというポイント付近で車を停め、しばし歩いてみたが、多くの種類の小鳥の囀りが聞こえる山中で、美しい場所だった。

車内ではK氏がフランス語会話講座をしてくれる。数の数え方に始まり、ちょっとした挨拶や文章などを覚えたが、こうした車内の過ごし方はよいものだ(運転手は運転以外のことにあまり気をとられてはいけないが)。

そしてコートダジュールである。紺碧の海が美しく、海岸通りには輝く太陽の下でジョギングや日光浴を楽しむ大勢の人がいる。暖かいこともあり、路傍には桜の花が咲いている。まずエズの村へ向かった。サラセン人などの侵略に備えて山上などに作られた「鷲の巣村」のひとつであるエズの村に来るのは8年振りだ。ヴィルフランシュシュルメールを過ぎ、海沿いに車を置いてニーチェの小道を登る予定だったが、車で村まで上がってしまう。観光客で目立つものの、ごった返しになっているわけではなく、裏道に入るとひっそりと佇んでいる村である。山上からの景色が素晴らしい。風が強いものの、西の海岸沿いにはニースやマルセイユ、東にはイタリアの半島を望むことができる。

夜に備えて昼食はサラダだけにして、K氏ら2人はニーチェが『ツァラトゥストラ』第3部の構想を練ったらしい「ニーチェの小道」を降りて海岸に出ることになり、私は車で海岸まで降りることにした。昔ニーチェの小道を上がった時には1時間近くかかったように思ったが、下りは早いもので、30分ほどでK氏らは海岸に着いていた。

ニースの街をぶらぶらと散策。観覧車があるのでK氏と乗ってみた。こちらの観覧車は概して回転するスピードが速く、5回ほども回る。窓もなく雨ざらしに近いから、それなりにスリルがある。途中、頂上付近で止まるというサーヴィス付。ニース市内がよく見える。

翌日K氏らがそれぞれ帰国するので「最後の晩餐」。やはり魚介類がよいだろうということで、魚市場に隣接するお店でブイヤベース、アイオリ、パエリア。この付近一帯は魚介類を出すお店が立ち並ぶが、国境が近いこともあり3分の1くらいはイタリア料理屋である。

お店の人にスターターは要らないと言ったつもりだったが、牡蠣、ムール貝、海老などのスターターが出てくる。生のムール貝には少々驚くが、シャブリによく合って、それなりにお腹がふくらんでしまう。

ブイヤベースとパエリアはやはり少々塩味が強いけれども、地元産の赤ワインによく合う。ただ量が多過ぎた。途中2回ほどお店を出て酔い覚ましをすることになる。ホテルへの帰路、またあの観覧車に乗る。夜風が気持ちよく、夜景が美しい。

3/5(Sun.)
朝、相変わらず激しい波が押し寄せる海岸を少し散歩した後、車でニースの空港に向かう。天候は徐々によくなっていくようで、飛行機に乗り込む頃には青空が広がっている。東部フランスは雪模様。

1時間ほどのフライトでパリに到着。やはり冷え込んでいる。4度だそうだ。K氏はそのまま乗り継いで帰国。パリ市内のホテルでK氏と合流する(地図に間違ったポイントをしていたので、随分と歩かせてしまう)。ルーヴル美術館では定番の「モナリザ」や「民衆を導く自由の女神」などの他にフェルメールの「レースを編む女」などを見る。構図といい、筆使いといい、やはり一味違う。

それからリュクサンブール公園を通ってパンテオンに入る。ルソーとヴォルテールのお墓は地下墓所の中でも一際ぬきんでた扱いになっているが、ヴォルテールはパリ市街でも別格である。。。他にモネやユゴー、キュリー夫妻などのお墓がある。

夕食は念願のラーメンを食べに行く。少しお腹が減っていたので、最初に目に付いたお店「ひぐま」に入る。昔母と姉がパリで美味しいラーメンを食べたと言っていて期待したのだが、ここは期待外れ。下手な人が作ったラーメンのよう。目の前に座っていた肥えたカップルは焼肉丼に塩、醤油、胡椒、ラー油をかけている。どこの国の人かはわからないが、やはり甘いお肉は美味しくないのかもしれない。。。しかしお店は繁盛していて、ひっきりなしに客がやってくる。奥でパリ在住の日本人の集団が宴会騒ぎをしていてひどかった。

日本での習慣を海外に持ち込むことが悪いこととは思わない。必ずしも現地の人に合わせたやり方にすべきであるとも思わない。しかし「郷に入らば郷に従え」という格言はここでも重要だろう。「郷」をどのように捉えるかという厄介な問題もあるが、それは措くとして、入って行く郷への尊敬の念が伴って初めて意味をもつ格言だろうと改めて思う。郷へ他者として入っていく(攪乱する)ことの問題性を自覚して置く必要性を改めて感じる。

3/6(Mon.) 
今日から宿はひとつ星である。トイレ共用、シャワー有料となる。ドライヤーはもってこなかったが、1時間くらい放っておくと結構乾く。ホテルの朝食は5ユーロだと聞いて、外で食べることにした。日本にもあるカフェ「Paul」で、クロワッサンとアップルパイ。トレーでもらって好きな席に座るが、欧米ではトレーを返却しない人が多い。おきっぱなしになっているトレーの残飯を狙って、鳩がやってきた。机にちょこんとのってパンくずを啄ばむと、ドアが開くのを見計らって上手に外に出て行く。慣れたものである。。。床に何か動くものがいるなと思ったら、今度は雀が床の掃除をしている。客が落としたパンくずを綺麗に食べていくのである。これまた見事な分業か。。。

お昼、パリ管のCさんとセカンドヴァイオリンのトップの人と昼食。南西フランスの名物料理「カスレ」(鴨肉などと白いんげん豆を煮込んだ料理)を戴きながら、いろいろお話を伺う。今イギリスでは第2の南仏ブームが起きていて、南仏をイギリス人がリゾート地として買い占めているらしく、地元では反感を買っている様子だという。太陽に溢れた地域という点ではスペインも目がつけられているところだが、パブや陰鬱な天候が恋しくなって舞い戻ってくる人もいるという記事を読んだことがあった。。。

またパリでは日本語熱も高まっているという。道理で日本料理屋がたくさんあるわけだと納得する。ただ日本語を習うためだけに女の子と付き合い、日本語を習い終えてしまうとさっさと離れていくフランス人男性も多いそうで、日本人女性は気をつけないといけないらしい。そのほか、指揮者のノリントンはやはり面白い人物のようだ。練習では一瞬でも飽きさせることがないという。オケを上手に褒めて、自分の意思を伝えるという点でとても上手な人で、昔ウィーンのオペラ座での指揮ぶりを見て気に入ってしまったが、ますます好感度が高まった。その彼がベートーヴェンの演奏などで試みたノンヴィブラートについて、C氏は、単にヴィブラートをかけないというのでは音が死んでしまうので、弓の使い方を工夫しているのではと指摘されて、あ、なるほどと思う。

8日のコンサート会場近くからてくてくと歩いてチュイルリー公園やカフェで『かの高貴なる政治の科学』を読み進め、早めに就寝。それにしてもこの日はパリ滞在中で最高の晴天だったが予報で雨とあって、カメラを持ち歩かなかったことが悔やまれる。

3/7(Tue.)
今日も「Paul」で朝食後。アルマ橋の袂にある水道博物館に行く。前々から行きたいと思いつつ、なかなか行けなかったところだ。第二帝政期のオスマンによるパリ都市改造の際に下水道も相当程度整備したのだと思っていたが、整備し始めたのは意外にも14世紀頃かららしい。シテ島を中心にパリの街は出来上がっているため、12世紀に作られたサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会がパリ最古のものである。入場料4ユーロを支払って下水道博物館に入ると、なんともいえない臭いが立ち込めている。そうだった、ここは「下水道」だったと今更ながら気づいた次第だった。

ユゴーの友人が下水道整備に関わっていたこともあって、『レ・ミゼラブル』でジャン・ヴァルジャンは下水道を歩き、ジャベールと最後の会話を交わすことになる。あの物語もこうした下水道がきめ細かに整備された時代を背景にしてのことだという説明がある。

ところで『レ・ミゼラブル』でジャン・ヴァルジャンの犯した罪はいずれもきわめて微罪である(脱獄は別かもしれないし、微罪とは言え、貴重なお金をとられてしまった少年にとってはとても重いことではある)。そうした微罪が重い刑罰によって裁かれることの問題と、どんなによい行ないをしようとも罪自体は消されないこと、法の正義(或いは神的な世界に対する世俗の価値)の是非をめぐる深刻な問題が潜んでいるからこそ、ジャン・ヴァルジャンはあれほど悩み、ジャベールは自殺したのだろう。また読みたくなってきたが、今度はフランス語で読みたいものだ。。。

下水道博物館の後はチーズや野菜を売っている界隈をぶらぶらして、ビストロで昼食。今回も『ミシュラン』を購入せず『歩き方』に頼ってしまったが、「デュ・セッティエーム」は当たりのお店。お昼時なのでスーツを着た男性が一人で入ってくる姿が目立つ。「本日のお皿」は鱈のような魚にクリームのソースがかかっている。何のソースかわからないままだったが美味。

アンヴァリッドから63番のバスでサンジェルマンデュプレまで行き、デュプレ教会で20分ほど黙想。。。先日来目をつけていたお店に行ってみる。入ってみて驚いたのは本当にコクトー専門のお店だったことだ。品のよいおばあさんが相手をしてくれ、あまり見たことのないデッサンをはじめ貴重な絵やオブジェを見せてもらう。素敵なブローチだと思ったら、300ユーロとあったので、断念して、簡単なものをお土産用に購入。

その後、マックでお茶を飲みながら、無線LANでネットに接続してメールのチェックとブログの更新など。夜はファーストフード風の中国料理で簡単にすませる。