ルームシェアのことなど

先日のパーティーでさる写真家の方にルームシェアのことを話すと、日本もそのようなことが可能になってきましたかと驚かれていた。その方は20年ほど前、アオテアロアニュージーランド)でルームシェアをしている若者たちのことを知り、とても驚かれたという経験をお持ちだからだ。

一般雑誌でもルームシェアが取り上げられるようになった昨今、この生活スタイルはそれほど珍しくないものになりつつある(むろん数的には珍しい部類に入るが)。

今のルームシェアの形態は一軒家なので、昔のアパートに、リヴィングが付いたようなイメージだ。各人に専用の部屋があり、ハウスシェアといった方が正確か。

台所やトイレは共用、お鍋なども共用品となる。時折、パーティーを開く際に、ビアマグカップが花入にされていたりするハプニングはあるが(^^;)、それはまぁご愛嬌。そうしたことは半ば当然ながら共同生活に伴うものと思っている。

ハウスシェアのことを聞かれると、こういったことなどがありますよと話すことが多いのだが、聞く人によっては不平不満と捉えられることがあって驚いたことがある。

聞く側がどのような考えから人を見ているか、また生活スタイルはどのようなものかによって、なんでもない話がとんでもない話へと変換されることがあるので気をつけなければならない。

考えの違う人と話したときの妙な違和感。それは考えというよりも、思い込みや偏見なども含んだ生活意識なので、すり合わせることはどこまでも不可能なこととなる(理性への諦め....)。

また噂は本当に頼りにならないことを先日実感した。上田のお茶菓子屋さんに行ったときのこと。行く前に、或る人からあそこのお店は日持ちするものばかり作るようになって駄目になりましたと聞かされた。

テレビなどにちらっと出ると、味が一挙に落ちるのは、一心な菓子作りよりも、有名性に関心が向いてしまうからでもある。

ところが、行ってみると、とてもリーズナブルな上質のお菓子作りをしているところだった。このようなお店が近くにあるとよいのになと思うほど。。。