台風の傷跡

某MLで流れていたKatrina's Questions By Rebecca Solnit(September 6, 2005)の文章から抜粋。

いずれも一筋縄でいかない問題だが、重い問いを投げかけている.....。日本の台風14号も大変な被害を出している.....。

「●まるまる一地方が、9・11に崩壊したマンハッタンの摩天楼群16エーカー[約6万5000平方メートル]に匹敵するほどの凄まじさの廃虚になってしまい、お粗末な国内・環境政策がテロよりも破壊的であると露呈してしまった今、国家安全保障は、実際には何を意味しているのだろう?

キューバは、昨年、ハリケーン・デニスに襲われたさい、60万人の貧しい人びとをひとり残らず避難させるという力量を発揮したが、この事実は社会や政策優先順位に関して私たちに何を語っているだろう?

●わが国の歴代大統領のうちの二人が私たちに託そうとしたニュー・ディール[第32代フランクリン・ルーズベルト]と偉大な社会[第36代リンドン・B・ジョンソン]とを堅持していたならば、このような貧困、このような公共事業の無策、あるいは、養護施設、老人ホーム、病院、視覚障害者住宅にいる人たち、出産まぎわの妊婦たち、新生児たち、精神障害者たちを救ったはずの社会的ネットワーク[絆の環]のこのような欠如が、わが国にありえただろうか?

●世界最強の軍隊と最も豊かな社会が、取り残された5万人程度の人びとに飲料水を届けることができなかったのは、なぜだろう? 5万ガロン[約19万リットル]と言えば、マリブ[ロサンジェルス郊外の海岸地域]のとき程度の規模の山火事のさい、ヘリコプターのバケットで投下する水の平均的な量ではないのだろうか?

●オーナーシップ社会[1]は、貧窮者、弱者、高齢者を死ぬがままに放置する社会的ダーウィン主義に他ならないと見てしまった今、また、こういう人たちが見捨てられている場合が余りにも多いことを見てしまった今、私たちは完全に私営化[2]された社会を考えなおすだろうか?
[1.ブッシュ政権が政策として提唱・推進する、だれもが持てる者になるという株式などの所有者だけで構成された社会]
[2.日本で言う「民営化」は privatization の意識的な誤訳]

●このハリケーン襲来が、アメリカの政治と国民生活の転換点になるだろうか?

●それとも、一週間ずっと快適に過ごしていたニューオリンズ・ハイアット[高級系列ホテル]の週末スタッフと客たちが、スーパードームでの避難順番待ちの行列の先頭に移されたという事実があるが、これは、わが国がいつもの流儀にすぐさま戻ることを意味しているのだろうか?

●これでも大統領は気候変動の現実を否定したり、これに関して何らかの対策を取る必要性があっても、言い逃れたりしつづけるのだろうか?

(それに、大統領が、ハリケーン被害の凄まじさをやっとのことで直視するために、避暑地から重い腰を上げ、「対テロ戦争」遊説を中止したことは、世界貿易センターのタワーが爆撃されたと聞いたさい、[たまたま訪問中の小学校の教室で]『ペットの子山羊ちゃん』を半時間近く朗読しつづけていたことと並んで、歴史に残るのだろうか?)

●20歳のジャバー・ギブソンは、スクールバスを勝手に動かし、たったひとりで70人のニューオリンズ避難民をヒューストンに搬送したが、バスの排他的権利者と目される人たちから自発的決断と責任遂行の機会を掠〈かす〉め取ったことにより、略奪犯のなかの略奪犯と記憶されるだろうか?」