ワイン、チェロ、ヴァイオリンに酔う

昨日は代官山で某会の集まり。会員でイタリアワインを主に輸入しておられる銀座HIBINO1882の店主と水谷川さん、M、ゴトーニさんの鼎談、演奏会。

年に一度は1週間ほどかけてお互い親交を深め、ワインの輸入を途絶えさせてはいけない(!?)人情味溢れるシチリアのワイナリーとの取引にまつわるご苦労話(楽しい話!?)、1917年のロシア革命の折、多くのロシア人がフィンランドに移ったために今でもフィンランドではちょっと正式な食事をしようとなるとロシア料理が出てくるといった話、水谷川さんのお父様がシチリアに行かれた時に商売上手なシチリアの人から500本近い(!)ワインを購入された逸話、カサドの妻であった原智恵子さんのことなど楽しい話を伺いつつ、パガニーニラヴェルなどの曲やフィンランドの子守唄、カザルスの鳥の歌の演奏を聴く。

ワインではヴェネツィアリースリング(!)が面白く、Don Pietro Rossoがしっかりとして落ち着いた味。両方ともイタリア料理と合わせるとさぞ美味しいだろうと思われる。

また今夏、カタロニアに初めて行かれた水谷川さんの鳥の歌の演奏はこれまでの演奏とは少し違っているように感じた。

カザルスがピースピースと鳴くと言ったカタロニアの鳥たちは朝から晩まで騒がしくないほどによく啼いていたらしい。カタロニアではスペイン語ではなくてカタロニア語が使われていた。フランコ政権時代、カタロニア語は禁止されていたから、その反動も大きいのだろう。今でも、カタロニアではスペイン語よりもフランス語を話したがるので驚いたと水谷川さんは言われていた。

本来、救い主の訪れを祝う鳥たちの声をイメージした「鳥の歌」だが、悲しげに聞こえるのはなぜだろうという疑問から、とくに鳥たちの声、カタロニア地方の人々、自然に水谷川さんは耳を澄まされたらしい。

もちろんカザルスが国連で演説したことも、フランコ政権を支持する国の都市での演奏をしないといった政治的背景も承知の上での話である。

そして、今回の演奏は一言にして言えば、短調の中に明るさを、絶望的な状況にも拘わらず希望を追い求めるような、これまでにない演奏だった。

また幹事のTさんから、台湾の故宮博物館のレプリカなどを担当し、その独特な赤色はその人しか出せないと言われる蔡暁芳さんの小さな盃を頂戴し、また作品集もお借りする。

磁器にはいまいち興味がもてなかったが、この方の作品はそうした思いを一蹴してしまった。青木の陶工、本松氏も仰っていたが、作品にはその人の人格が映し出される。蔡さんの作品は美しい。実際、とても温かみ溢れる素晴らしい人のようだ。「銅紅釉観音瓶」の鮮烈な赤色はちょっと忘れられない。

会の余韻にひたりつつ、帰宅すると、青木から電話が入る。薪割りが少し早まり、来年1月に窯焚きされるという。また岐阜の志野焼に詳しい方が、絵を描いた志野は二流のものに過ぎないと仰っているらしく、それを観に行きましょうということになった。

今抱えている仕事は10月末で一応一段落するので、それから観に行くことになりそうだ。。。いったい、どんな志野がピンのものなのか、楽しみだ。

しかしそろそろ月曜日の報告準備をしなければいけない。

あ、書き忘れたことがあった。10月3日の日記に焼きの見極めを900度だと書いてしまったが、1000度の誤りだったとのご指摘を受けた。その温度付近が焼き、色合いを決める重要なポイントらしい。